E鉄という犬

  「甲斐犬」柳沢琢郎氏著より抜粋
  
 山梨県韮崎市で生まれた甲斐犬の鉄という仔犬を、近所(東京都・中野区)

の福井医院に世話しました。 

 この犬が生後8ヶ月になったころ、福井氏から

「鉄はおとなしすぎて、性格が甘く、子どもの遊び相手にはいいが期待はずれだ。」

と苦言をいわれました。

 ところが、それから1ヶ月過ぎたころ、福井医院に自動車部品泥棒がはいりました。

普段、意気地がないと思ってた鉄が、なんと、この泥棒大男の体に噛み付いて

大奮闘、塀を乗り越えんとすれば足に噛み付いて引きずりおろし、犬も頭をスパナで

叩き割られての死闘です。結局、警察に捕まった泥棒は、傷の手当てを受けながら、

こんな気性の強い犬は初めてだと、ぼやいたそうです。

 これで一躍有名になった鉄ですが、次のようなこともありました。

 福井氏の友人が結婚して、神奈川県の相模湖畔に新居を構えました。

 ところが続けて2回もこそ泥に、はいられて心配でたまりません。防犯のため犬を

飼っても大きくなるまで不安でとても待てはいられません。

 そこで思いついて福井医院の犬の鉄を、先生が留守にも係わらず、借りて来て

しまいました。 

 ところが翌朝のことです。本来なら相模湖にいるはずの鉄が、中野の自分の犬小屋

に平気の顔をして寝込んでいたのです。

 すぐに相模湖からの電話で、鉄が鎖を噛み切って 逃げてしまったという連絡が、

はいったそうです。相模湖から65キロを良く帰ってきたものです。

 そして翌年の夏、福井氏の一家は埼玉と茨城の県境の栗橋の奥さんの実家へ

鉄も連れて自動車で遊びに行きました。家族は鉄を実家の垣根につないで川原に

遊びに出かけました。そして3時間程して帰った一同は、垣根を引き倒して鎖を

引いたまま鉄が走り去ったのをまにして驚きました。福井氏は、あわてて自動車で.

鉄の後を追いました。58キロにもなる交通のはげしい、しかも複雑な都内の道路を

必死に鉄を探しつづけました。そして、とうとう我が家まで来てしまったところ、みる

と玄関先に今着いたらしい鉄が長い鎖をつけたまま赤い舌を出し体中で荒い呼吸

をしているではありませんか。

                 
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鉄号
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